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□'01年10月 8日(月):インターネット依頼の住宅 第一号着工なる
久しぶりの「近況私的メモ」である。ご無沙汰しており、けっして
“近況”とはいえず、「たまたま私的メモ」になってしまった。
なにしろ今春、夏は、「住宅作品:2(2000年〜)」の竣工作
品撮影、フィルムスキャン、原稿作成で、こちらのページには手が
まわらなかったもので・・・。それに本業の設計監理業務もますま
す手が抜けず、相変わらずの忙しさ。住宅の設計監理は経験を積む
ほどに、知るほどに、ますます手を掛けずにはいられなくなる、ま
ことに因果な職業なのだ。
しかしその間、このホームページもある程度の形を成してきて、ア
クセス件数も週平均400件程をカウントするようになってきた。
もっともそのうちの多くが、現在設計中や工事中にある依頼主の方
々が「自分の家もこうなるのかしら?!設計者はどんな考えをして
るのか?」という想いで、リピーターとして弊サイトをクリックし
てくれているようである。ホームページがこのようなコミュニケー
ションの場になるとは、おもわぬ効用である。私もこのことを意識
して、これからはも少し近況をマメに更新しようとはおもう。
おもわぬ効用といえば何よりも、弊ホームページを見ての設計依頼
の問い合わせが、昨年末よりボチボチとあり、現在成約件数は5件
ほどにもなる。もっともその何倍もの問い合わせ件数があり、試し
問い合わせや、相互条件が合わず、不成立も多いが。
しかしこのインターネットによって成約できた依頼主の方々は、弊
作品掲載誌からの方々と同様、見識と判断力が充分おありの方々で
、設計過程もきわめて良好に進めることができている。そし先週に
は、昨年末に依頼があった住宅が設計完了、見積調整の後、K工務
店と工事契約、着工となった。ついに「インターネットによって設
計できた家」第一号着工である。これを良い事例として成功するよ
う、精一杯務めるつもりである。
ところでここでは「ITビジネス」の成果を報告というのではなく
、これを機に、従来まではパソコン音痴の私が、如何にしてホーム
ページを立ち上げたのかを語ってみたいとおもう。
今おもえば幸いなことに、手がけた住宅作品の竣工写真のポジフィ
ルムのほとんど全てが、私の手元に管理保管されている。
個人住宅を設計監理、竣工引き渡しする時は、私としては手塩に掛
けて育てた娘を嫁がせる気持ちである。竣工引き渡し後は、いくら
“娘”とはいえ“嫁ぎ先”にむやみに立ち入ることはできない。
またいくら会心の作の“娘”とはいえ、実作見学案内としてすでに
“嫁いだ先”に案内することもむやみにできない。そうなると嫁ぐ
直前の“娘の晴れ姿”、つまり竣工写真をできるだけ正確に多く
撮り、それをしのぶ姿として、資料として、管理保管したくなるの
が人情であろう。その竣工写真も初めはプロの写真家に頼んで撮っ
てもらっていたが、私の手がける空間が複雑になり、デイテールも
精緻になると、他者の撮影ではもどかしくなり、自分で撮りたくな
ってくる。そこで数年前から建築写真専門カメラを購入、自ら撮影
するようになった。
私の愛聴するピアニスト、グレン・グールドも自分の住まいの近く
に録音機材を購入、自前のスタジオを設け、そこで納得のいく演奏
録音をしたといわれている。私も無意識のうちにグレン・グールド
にあやかっていたのかもしれない。
たしかに自身で撮影、表現することは、次の仕事にフィードバック
され、また次も撮影するのだと意識すると、注意力も増し、励みと
もなる。
このようにして管理保管されたポジフィルムがホームページづくり
に役に立つとは、IT時代を迎えるまで夢にもおもってはいなかっ
た。このITというテクノロジーは、考えてみれば、自己の作品集
を、重装備の輪転機を回さず、印刷紙もいらず、オールカラーで、
好きなだけ、自分で編集して作れるという、なんともありがたい技
術なのだ!グレン・グールドが、録音再生技術の進歩によりほとん
ど生演奏に近い再演鑑賞ができることを知り、32歳にしてコンサ
ート演奏から退き、レコード演奏に精力をつぎ込むようになった気
持ちはよくわかる。
一昨年の’99年後半、世間や政府から「IT時代」とさわがれた
ころ、私は59歳、そろそろ還暦を迎える歳であった。この還暦を
機に、今までの自分の仕事を整理して、自分の「作品集」をつくり
たくなっていたところでもあった。そんなときにITとは、渡りに
船、早速(有)篠崎建築研究室を設立、その資本金でパソコン等の
機材一式をそろえ、パソコン家庭教師を迎え習得、自らホームペー
ジを作製、アップロードできるようになった。
住宅設計は富や権力に縁がないもの、どうせお金も残らないのなら
、せめて自己のやってきたことを作品集として記録、発信。自我の
発露という、人間の本性のおもむくまま行動したわけである。
業績の記録、保存の有効性については、ソクラテス、J・S・バッ
ハ、グレン・グールド、グレゴール・メンデル等が私には思い浮か
ばれる。
もしプラトンがソクラテスの対話編を書かなければ、ソクラテスの
存在は知り得なかったかもしれないし、バッハのマタイ受難曲の楽
譜が残ってなければ、100年後のメンデルスゾーンによるマタイ
再演、バッハ復活はなかったかもしれない。グールドの残したレコ
ードにより、死後20年近くになる今、グレン・グールドはカナダ
の国家的芸術家、いや世紀に残る音楽家といえるようになった。
メンデルが遺伝の法則を発見した当時は「僧侶が数学を使って生物
学?なにそれ?」と相手にされず、メンデルは「いつか私の時代が
来る・・・。」とつぶやきながらこの世を去る。メンデル死後16
年の1900年、同様の事象が見出され、プライオリテイの調査時、
マイナーな科学誌に掲載されたメンデルの論文が見出される。この
遺伝の法則を「メンデルの法則」と称され、メンデルの再評価とな
った。
私のこのホームページ原稿は60Gの外付けハードデイスク2台に
バックアップして、普段は電源を切ってウィルスから守って保存し
ている。
今後私の遺言として、このホームページを私の死後もアップロード
し続けるようにしておく。そうすると死後何十年かして、もしかす
ると建築史家が私を発掘し、「当時建築界ではあまり評価されなか
ったが・・・。」と再評価されるかもしれないではありませんか!
文を書いているうちについ熱くなり誇大妄想となりました。スイマ
セン。
いずれにしても私はそんな想いで、今後の仕事も一作、一作丁寧に
精一杯つくっていきたいとおもうのである。
             2001年10月 8日  篠崎好明

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