住宅建築誌1992年1月号の「私の本棚」欄で 、“今、サイエンス・ノンフィクションが面白い ”というタイトルの文を書いた。当時、私の脈絡 のない読書の中から一つのまとまった世界がみえ てきたとおもわれたので、それを40冊にまとめ て、サイエンス・ノンフィクション(SN)とし てリストアップしてみた。 ところが今にしてみれば、まとまったかに思えた (SN)の世界は、実はまだほんの序の口で、さ らに広く深い世界であった。その後、この(SN) 関連書を興味のおもむくまま読み漁って、もう百 数十冊になるが、次々と興味深い本に出会ったり、 続々と出版されたりしてきりがない。 といって、ますます深まるこの世界を、誰かに語 り伝えずにはいられないという気持ちが、前回で は語りきれなかったこともあって、ますますつの ってくる。そこで私はまたこの欄ををいただいて 、それ以降の本の中から50冊ほどを絞り、SN リスト(2)としてリストアップしてみた。 まずは前回でリストに加えられなかったことをな によりも悔やまれるのは、J・D・ワトソン著の 「二重らせん」である。ジェームス・ワトソンと フランシス・クリックの二人は1953年に、遺 伝情報とされるDNA(デオキシリボ核酸)が四 |
つの塩基からなる二重らせん構造であり、その構 造が自己複製し得るという、世紀の大発見を発表 する。この「二重らせん」というタイトルの本は 、発見者の一人であるワトソン自身によって、発 見にいたるまでの経過を物語り風に書かれたもの である。物語はまだ科学者の卵であった若き二人 が、DNAが遺伝情報ではないかという匂いを嗅 ぎ付けて、研究所の中を邪魔者あつかいされなが らも嗅ぎ廻る。二人は知り得た情報から計算をし 、ブリキの板と針金を使って模型作りを試みる。 そんな模型作りは周りの研究者から馬鹿にされ、 何度か失敗する。そのうちに塩基の化学結合がパ ズルのように解けて、一挙にDNAの模型が出来 上がる。この模型が示す二重らせん構造は、どん なライバルの研究者も一目で納得する説得力と普 遍的美しさを備えていた。発見者本人の語りはな によりもリアリテイがあり、ライバル研究者との 週単位での時間競争はスリルとサスペンスに満ち 、謎解きとその成功はエキサイテイングであり、 第一級のドラマである。 この本の訳者でもあり、科学者でサイエンスライ ターでもある中村桂子も、前回のリストに入れる べきであったと悔やまれる。生命科学者、中村桂 子は科学のエヴァンゲリストといってよいほど、 |
生命科学の専門書の他に数多くの啓蒙書を著し、 幅広い分野で活躍している。とはいっても、いま はやりのDNA研究やドーキンスのような華やか な科学者とは冷静なスタンスをとっており、その 視点には独自のものがある。中村博士は生命をと らえるには、DNAをミクロに分析して生物の普 遍性をとらえるだけでなく、生物の細胞内にある DNAの総体であるゲノムを通じて、その多様性 を含めて見る必要があるという。ゲノムの中に生 物の歴史が書き込まれているに違いなく、それを 生命誌として追ってみることで生命を理解しよう とする。中村博士は広域にわたる行動力を以て、 「生命誌研究館」を設立、現在館長をつとめられ ている。私にとって中村桂子さんは近寄りがたい 存在であったが、NHKの講演会のシリーズでは 気軽に2ショットに応じてくれた。 |