動物の中で、人間だけが本当に汗をかき、人間だけが汗で体温を調 節している、と生物学者はいう。 哺乳類には二種類の汗腺があり、一つはアポクリン腺で感情により 反応し、もう一つはエクリン腺で、ここから分泌される汗はほとん どが水分で、これが体温に反応する。ヒトは進化の過程で、このエ クリン腺を全身の表面に大量に分布する動物となった。一方、十数 万年前にヒトは体毛をへらし、裸になったのは事実らしい。 このことにより初期の人類がハンターとして有利になり得たという 説がある。他の動物は長時間運動すると発熱して動けなくなるのに 、ヒトだけが発汗水冷式でチョコマカ走り回ることができる。サバ ンナで日中の暑い時間、発汗により身体を冷やしながら、ライオン やチーターを出し抜いて獲物にありつけたという説でる。もっとも、 分子生物学者、大野乾博士はこの説を全くこじつけの珍説であると いう。なぜなら、アフリカの草原で、現在、長距離追跡者のトップ ハンターはアフリカ野犬である。アフリカ野犬は、他のイヌ属と同 様、体表汗腺を持たないから、追跡中、熱の発散は口を開けての唾 液の分泌によらなければならない。それでも長距離追跡者としての 生計が、烈日下のアフリカで成り立つのであるから、ヒトだけが発 汗水冷式でハンターとして有利になり得たという説は成り立たない 、という。大野博士はヒトのDNA塩基配列からこれを証明しよう ともする。いずれにしても、人間だけが大量に汗をかき、体温調整 をする動物であることはまちがいなさそうである。 このDNAのプログラムは現代人といえども変わってはいない。入 浴で身体を温め、発汗をし、湯上がりで身体のほてりが冷めていく のは、初期の人類が獲得したヒトの特性に近いともいえよう。 |
ゆえにバスタイムにて、現代人は人間本来に戻った気持ちになり、 安らぎや快感をおぼえるであろう。 重層ヴォールトの家:洗面脱衣室より浴室、バスデッキ、湖面を望む。 したがって浴室廻り空間は、人間性回復の役割を果たす大切な住空間 部位として私は設計する。浴槽で身体を温め、サウナで汗をかき、冷 たいシャワーを浴びて皮膚を刺激し、洗面脱衣室や寝室で身体のほて りを冷ます・・・。このバスタイムこそ、現代人にとって、生理的に も精神的にも最も効果的な生活時間帯の一つといえよう。また入浴に よりリラックスして、大脳新皮質の制御がはずれ、アルキメデスが浴 槽から溢れる湯水により原理を発見したり、ピタゴラスが浴室のタイ ルの目地により定理を発見したりする。バスタイム空間は曖昧で知的 な時間空間でもある。 2001年1月27日/篠崎好明 |