グレン・グールド カナダのピアニスト、グレン・グールドが弾く バッハやモーツアルトのレコードを、私はほとん ど毎日のように聴き続けて、30年ちかくなる。 その間、いくら繰り返し聴いても飽きることなく 、ますますグールドの魂の世界は深まっていく。 それにしてもグレン・グールドとは一体何者なの かと、近年あらためて思い返すようになった。世 間では同じ思いの人が結構いるようで、数年前か らグールドに関する本が数多く出版されるように なった。 さらにはグールドが映像で登場する レーザーデイスクまで発売されるようになった。 1994年の暮れ、このレーザーデイスクの第2 弾「ザ・グレン・グールド・コレクション・」が 発売されるに及んでついにこらえきれず、 「コレクションI」とII」をまとめ買いしてし まった。年が明けて、このコレクションの蓋をお そるおそる開けると、それはまさに宝の箱だった。 そこには不安と期待をはるかに越えて、さらに確 実なグレン・グールドの世界があった。 まるで グレン・グールドが死後12年たってよみがえり 、私に直接メッセージを語りかけてくるようであ る。 |
このしたたかな戦略的メッセージの中で、とりわ け私にとって重要な啓示となるものがあった。 それは“モーツアルトについて語る”の中で受け たものである。 グールドは「私は対位法を使った音楽がたまらな く好きだ。対位法の曲でないと自分で内声部を作 りかえることもある」という。そしてモーツアル トのピアノソナタを「普通はこのように弾く」と いって、なめらかに流れるように弾いてみせる。 次に「でも私の版ではこうなる」といって先程と は対照的に、断片的な音が右手と左手とがはっき りと対位して、きわめて構築的で運動感のある弾 き方をする。まるでモーツアルトの音を一度分解 して時間軸上におもいどうり正確にコントロール して配列し、組立直したかのようである。 グールドはその演奏の終わりに、「目標はモーツ アルトのバロック化」と言い放つ。その瞬間私は おもわず心の中で叫んでしまった。「そう、私の やりたいのは“建築のバロック化”なのだ!」と。 バロック ところで「バロック」とは教科書的にたどれば、 17世紀のヨーロッパ芸術文化の時代様式概念を さし、「ゆがんだ真珠」という意味の言葉に由来 |
するとされている。もともとは、それ以前の典雅 な古典様式の立場から、「不規則」 「不均衡」 「風変わり」といったことを意味する否定的蔑称 として使われた。しかしバロック本来の動機は、 「円より楕円」「静より動」「単純より複雑」と いったところにある。20世紀にさしかかるころ になって、バロック様式にも独自の理念があり、 その根底には自然の積極的肯定があるということ で評価される。そして音楽史にこの用語が適用さ れ始めた時にはすでに侮蔑的否定的な意味合いは なくなっていた。 さらに、音楽美学者、磯山雅によれば「20世紀 も終わりに近づいた今、バロック音楽は古き良き 時代の音楽であることをやめ、かつての人間的な 生命力をよみがえらせて、現代の前衛とさえ、手 を結びあっているように感じられる。」という。 (*1) そこで私の専門の建築では、バロックの元祖でも ある「バロック建築様式」とは、いったい如何な るものかとあらためて関連図書を見直してみた。 しかしいくらバロックの理念をもって見直してみ ても、私にとってそれらの建築は第一印象と変わ らず、装飾過多で趣味の悪い、とても魅力的とは |