DNAからみた家づくり
命あるものから“フラクタル・バロック”
この文は、「住宅建築」/建築資料研究社 1996年2月号 34P〜37P「私の本棚」に掲載されたものを、初出出版社より了解を得て、加筆改修を経て再掲載するものである。

グレン・グールド
 カナダのピアニスト、グレン・グールドが弾く
バッハやモーツアルトのレコードを、私はほとん
ど毎日のように聴き続けて、30年ちかくなる。
その間、いくら繰り返し聴いても飽きることなく
、ますますグールドの魂の世界は深まっていく。
それにしてもグレン・グールドとは一体何者なの
かと、近年あらためて思い返すようになった。世
間では同じ思いの人が結構いるようで、数年前か
らグールドに関する本が数多く出版されるように
なった。  さらにはグールドが映像で登場する
レーザーデイスクまで発売されるようになった。
1994年の暮れ、このレーザーデイスクの第2
弾「ザ・グレン・グールド・コレクション・」が
発売されるに及んでついにこらえきれず、
「コレクションI」とII」をまとめ買いしてし
まった。年が明けて、このコレクションの蓋をお
そるおそる開けると、それはまさに宝の箱だった。
そこには不安と期待をはるかに越えて、さらに確
実なグレン・グールドの世界があった。 まるで
グレン・グールドが死後12年たってよみがえり
、私に直接メッセージを語りかけてくるようであ
る。
このしたたかな戦略的メッセージの中で、とりわ
け私にとって重要な啓示となるものがあった。
それは“モーツアルトについて語る”の中で受け
たものである。
グールドは「私は対位法を使った音楽がたまらな
く好きだ。対位法の曲でないと自分で内声部を作
りかえることもある」という。そしてモーツアル
トのピアノソナタを「普通はこのように弾く」と
いって、なめらかに流れるように弾いてみせる。
次に「でも私の版ではこうなる」といって先程と
は対照的に、断片的な音が右手と左手とがはっき
りと対位して、きわめて構築的で運動感のある弾
き方をする。まるでモーツアルトの音を一度分解
して時間軸上におもいどうり正確にコントロール
して配列し、組立直したかのようである。
グールドはその演奏の終わりに、「目標はモーツ
アルトのバロック化」と言い放つ。その瞬間私は
おもわず心の中で叫んでしまった。「そう、私の
やりたいのは“建築のバロック化”なのだ!」と。
バロック
ところで「バロック」とは教科書的にたどれば、
17世紀のヨーロッパ芸術文化の時代様式概念を
さし、「ゆがんだ真珠」という意味の言葉に由来
するとされている。もともとは、それ以前の典雅
な古典様式の立場から、「不規則」 「不均衡」
「風変わり」といったことを意味する否定的蔑称
として使われた。しかしバロック本来の動機は、
「円より楕円」「静より動」「単純より複雑」と
いったところにある。20世紀にさしかかるころ
になって、バロック様式にも独自の理念があり、
その根底には自然の積極的肯定があるということ
で評価される。そして音楽史にこの用語が適用さ
れ始めた時にはすでに侮蔑的否定的な意味合いは
なくなっていた。
さらに、音楽美学者、磯山雅によれば「20世紀
も終わりに近づいた今、バロック音楽は古き良き
時代の音楽であることをやめ、かつての人間的な
生命力をよみがえらせて、現代の前衛とさえ、手
を結びあっているように感じられる。」という。
(*1)
そこで私の専門の建築では、バロックの元祖でも
ある「バロック建築様式」とは、いったい如何な
るものかとあらためて関連図書を見直してみた。
しかしいくらバロックの理念をもって見直してみ
ても、私にとってそれらの建築は第一印象と変わ
らず、装飾過多で趣味の悪い、とても魅力的とは
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