み、顕微鏡的に正確にコントロールされた音で弾 く。それがなによりもバッハ的であり、生命力あ る音楽となる。 ひるがえって、われわれの現代建築においてはど うであろう。 合理化社会の産物である現代建築では、なかなか その魅力を見出せるものは少ないが、あえていえ ばその一つにヨルン・ウッツオンのデザインした シドニー・オペラハウスがあげられる。 帆船の帆に似た美しいシェル屋根が自己相似的に 幾重にも重なるように架けられている姿は、それ 自体の美しさだけでなく、シドニー海港全体をも 魅力あるものとしている。シドニーの観光ポスタ ーには必ず登場するのも、多くの人々に心地よい 刺激となりながら、周りの風景や人の心にもなじ むからであろう。 日本でも横浜港近くに帆船の帆に似せて造られた といわれるホテルがあるが、その姿はただ一つポ ツンと異様に突っ立っているだけで、シドニーと は大違いで全く魅力がない。その違いの要因は自 己相似の繰り返しがみられないことであろう。 もう一つ思い浮かぶ、美しいシェルの繰り返し構 造の建築として、フェリックス・キャンデラのも のがある。たしかにキャンデラのシェルは息を呑 |
むほど美しく、その構造技術には舌を巻く。おそ らくシドニー・オペラハウスより構造技術的には 優れているのであろう。 しかし、反復の鑑賞に耐えて心が躍るという点で は、キャンデラの建築よりはシドニー・オペラハ ウスの方に魅力を感じる。それはキャンデラのシ ェルはおおむね同一の合同形の繰り返しで秩序性 が強く、建築ブロックも単一であるからであろう。 シドニー・オペラハウスの立面図(*19)を よくみると、同じ様なシェルではあるがその大き |
さや曲率や傾きが少しずつ異なる自己相似形の断 片が複雑に重なり連なる。配置図(*20)をみて も、三つのブロックに分かれ、それぞれの大きさ も向きも異なっている。さまざまな角度からさま ざまな姿として見え、シドニー港を出入りする船 上の人の目を楽しませてくれるのであろう。 フラクタル・バロック このように、自然の生命あるものには、繰り返し と揺らぎが見られる。 建築が自然環境や人の心になじみ、新たな魅力と してよみがえるにはいかにしたらよいか。 それにはなによりも、自然の複雑性をそのまま受 け入れるフラクタルの世界を取り込むことが、有 効な方法ではないだろうか。 おもえば私の今までの仕事は、無意識のうちにこ の線上をたどってきたようだ。 感性としての「バロック」と知性としての「フラ クタル」との同義性と相補性、これを一つの世界 とする、「フラクタル・バロック」としよう。 私はこの「フラクタル・バロック」の世界こそ、 自然の生命ある世界であると考える。 |